【自己紹介】します




こんにちは。すぎみな(@sugimina373)と申します!

1997年生まれの21歳です。

自己紹介というか、今までの人生の縮図というか、そんなところをご紹介致します。

生まれは長野県松本市

そうですあの松本市出身です。

井上真央ちゃんの朝ドラ「おひさま」、土屋太鳳ちゃんと山崎賢人さんの映画「orange」、櫻井翔さんと宮崎あおいさんの映画「神様のカルテ」

長野県松本市は映画やドラマの舞台になっています。

そしてあの有名な松本城!!!

中学時代の通学路でした

好きなアングルです

私です。

幼少期:『人見知り』だった

昔からいわゆる『人見知り』でした。

お母さんの後ろをついてまわるような子どもでした。

お姉ちゃんが明るい人ということもあり、私はいつも控えめに振舞っていました。

親から『あなたは人見知りだね』と言われることで私は人見知りなんだと決めつけていました。

今思うと、そう決めつけていなかったら、私は人見知りではなかったのかなあとも思います。

すぎみな
決めつけは良くないね

中学時代:生活記録を書きまくった

中学は受験して、少し遠い中学校にはいりました。

地元の中学校が荒れていたし、小学校の人間関係にもちょうど悩んでいたのが理由です。

中学でも『人見知り』というような、『陰キャラ』というような、そんな立ち位置の人間でした。

でも、クラスのことは好きでした。

大縄クラスマッチや駅伝大会などの、クラス対抗の行事が好きでした。

また、私の母校は歌を凄く大切にしていて、全校合唱に力を入れていました。

そういう仲間でつくることが凄く好きでした。

でも私は『人見知り』。その想いをみんなと直接味わうようなことが出来ず、いつも控えめにしていました。

そのもどかしい気持ちを、生活記録という日記に書いてました。担任の先生とのやり取りをして、そこに想いをぶつけていました。

小さい文字で書きまくっていたのを覚えています。

先生はしっかりと読んでくれて、返事もしてくれていました。

あの時から、文を書くということが好きになったのだと思います。

すぎみな
日記には先生からの温かなメッセージが溢れていて、今でも勇気を頂いています。

高校時代:『人見知り』なくなった

高校時代では、中学時代では控えめにしていた想いを友だちと直接共有することができるようになったと思います。

部活の仲間の存在が大きかったです。

色んなひとと関わって、自分は『人見知りじゃない』と気づけたのも高校の時でした。

高校でも、自分の想いを書くために、自分用の日記を書いていました。

1日で6ページとか書く日もありました。

高校3年の受験期でも、日記を書く時間をしっかりとっていました。

自分と向き合って想いを書くのが楽しかったです。

高校1年から今までずっと書いている日記です。

高校の部活は『弓道』をやっていました。弓道めっちゃ楽しいです。奥が深いです。うまくなりたいと思っても、思いすぎると逆に良くない方へ進んでしまうこともあります。弓道をやったことで、自分と向かい合えたし、メンタルの基盤が出来たのかなあと思います。弓道で出会えた仲間には本当に感謝しています。
すぎみな
進む道は違っても支え合って生きていこうね

夢は『地元に貢献できる看護師』だった

ずっと、看護師になりたい気持ちがありました。

小学低学年で祖父が入院した時、初めて看護師さんを見て惹かれました。

患者さんに寄り添う看護師さんはかっこいいな、なりたいなって思ってました。

ずっとその想いを持っていました。

高校2年のときに、祖母が足を怪我して入院しました。

実際に成長してから見る看護の現場は、見苦しいものがありました。

縛り付けられるような沢山の導線、すぐ呼べるようにと顔のすぐ横に置かれたナースコール、包帯でぐるぐる巻きにされた足、「もう食べれない」と言う祖母、「もう少し頑張って食べてみよう」と言う看護師さん。

見苦しかったです。

本当に祖母の心に寄り添えているのかと思いました。

『看護師になるのは簡単じゃない。でも看護を学んで目の前の祖母の心に寄り添いたい』

そういう想いで、看護師を志しました。

なので進路も、『看護一択』でした。

すぎみな
本当に看護師になりたかったよ

大学1年:東京の看護大学へ

看護の大学に進むのは当たり前に思っていました。

私の父はずっと東京で単身赴任をしています。なので生活費などの面もあり、父の東京の家で寝起きするのが一番良いと。

なのでわたしの大学進学は、東京か地元のどちらかでした。

今考えると、この二択で進路を選ぶことなんて出来るはず無かったと思います。

大学1年はすごく楽しかったです。ずっと学びたかった看護の勉強だったので、毎日がわくわくでした。

でも東京での生活は、消耗することもありました。

すぎみな
大学一年でも日記を沢山書いたね

大学2年:ぶつかったこと

大学2年になり、専門的な知識をより求められるようになりました。

命を預かる仕事なので、専門的なのは当たり前です。

ただ私は『患者さんの心に寄り添う看護』を目指してきたので、そのギャップに圧倒されてしまいました。

『看護計画、看護技術、看護ケア、様々な知識が入れば入るほど、患者さんの本当の心への寄り添いが出来ない。』

その想いが強く、うまく出来ないことが沢山あふれてきました。

そんななか

大学2年の春に出会ったのは欅坂46です。

サイレントマジョリティー。

君は君らしく生きていく自由があるんだ

大人たちに支配されるな

はじめからそう諦めてしまったら

僕らは何のために生まれたのか?

その頃の私は思っていた看護とちがうことが増えてきて、学校での授業の意味がわからなくなっていました。

その頃のバイトでも理不尽だと思うことがありました。いろいろ憔悴しきっていました。

「僕らは何のために生まれたのか?」

ほんとにそうですよね。

大人が前に立って、私たちがその前にある椅子に座って、眠気や疲労に耐えて、大人の話をただ聞くために生まれてきた?

大人から出された課題というものに埋もれるために生まれてきた?

明日の朝はバイトもあるのに、課題が終わらないからって徹夜するために生まれてきた?

ねえ、何のために生まれてきたの???

そんなことを考えていたら、学校に行けなくなりました。

学校に行っても、先生を睨むようにしか見ることが出来なくなりました。

周りで頑張ってる友だちも、自分から距離を置いてしまいました

「大学を辞めたい。もう頑張れない。」と決めつけていました。

でも親に話し、先生に話し、一旦休学になりました。

言葉では簡単に書けますが、決めることは大変でした。

すぎみな
大変だったね

リゾートバイト①:休学中は香川県へ

休学して何をするか。とりあえず親元を離れたかったのでしばらく遠くに行くことにしました。

何となく、『瀬戸大橋』にずっと行きたくて、そこに行こうと決めました。

その頃、旅館で働いている友だちがいました。何となく『旅館業』が気になり、そのお仕事をしようと決めました。

3ヶ月、香川県で旅館の仕事をしに行きました。

生まれて初めて、自分を知っている人がいない場所に飛び込みました。

新鮮で、とてもわくわくしていました。

旅館の近くの階段を登った先にある景色です

瀬戸大橋も拝められて最高でした。

いっしょに働いてたかた五人で高知県までドライブに行きました。楽しかった。

旅館のお仕事は本当に楽しかったです。

看護で求めていた『心の寄り添い』がこのお仕事でも出来るんだと自信になりました。

「お客様にとって良い時間を過ごしてほしい」という一心でお客様と関わって笑顔になって下さり、この道でも私の求めることが出来るんだと思えました。

業務はかなり大変でしたが、やるしかなかったので踏ん張れました。この時に頑張れたことも自信になりました。

すぎみな
香川のうどん美味しかったね

リゾートバイト①後:大学を辞める

香川から戻り、大学を辞める選択をしました。

今思えば、よく決めれたなと思います。

決めた理由となったのは、香川県で出会った方々と関わるなかで、「人生って本当に人それぞれでいいんだ」と思えたこと。

「自分がが楽しいと思えるお仕事に出会えたから」というのも理由のひとつだけど

「自分は責任を持って、自分の人生を生きたいと思えたから」の方が大きいです。

でもその意思を周りに伝えるのが大変でした。

責任と覚悟なんて、この先のことも分からないのに、確実に持ってるなんて伝えきれなかった。

でも自分の意思は変えられなかったので、踏ん張って自分の意志を伝えて、学校にも退学届けを出し、大学を辞めました。

この時に学校の先生ともお話したのですが、『前期に学校いるときよりも顔が生き生きしていて良かった』と言って下さりました。

私も本当に良かった。

『何よりもあなたが元気で生き生き過ごしてくれたら嬉しい』と言って下さる先生で良かった。

「先生」という存在を、ずっと偏見もってみていたけど、「先生」も一人の人間であって、私たちのために善を尽くそうとしていることに気づけました。

「先生」「生徒」は何かしらすれ違いが起こってしまう関係だけど、一対一で関わってみると、本当に人想いな方なんだと思いました。

大学辞めることで、この事に気付けて本当に良かったです。

すぎみな
大変だったけど、よく前に進んだね

リゾートバイト②:大分県へ

香川県で旅館業にめざめた私は、大分県に行きました。

山を眺めながら洗濯物を干す時間も大好きでした。料理が部屋食なのでお客さんとゆっくり関わることが出来る時間も大好きでした。

一緒にお仕事をした方も大好きでした。

みんな大好きでした。

でも、部屋数の少ない旅館を、少ないスタッフで運営するのは大変でした。

由布岳という山です

大分から富士山に登りに行きました。身体ばきばきでした。

保戸島という島に行った

私はずっと完璧を求める人でした。

せっかく来てくださったお客様には、良い気持ちで帰って欲しい想いが強かったので、必死に頑張っていました。

でも頑張ろうとすればするほど、自分にプレッシャーがかかり、負担になることばかりでした。

そんな私の姿を見ていた周りの方が、『完璧なんてなくて良いんだよ』と伝えてくれました。

その言葉は、今でも胸に残っています。

本当に、素敵な半年を過ごせました。

将来、こんな旅館を自分で作りたいなという想いが湧いた場所です。

すぎみな
この時にお世話になった方々には、しっかりと成長した姿を見せに行きたいんだ

リゾートバイト③:石垣島

行きの飛行機からの景色がとても綺麗でした

石垣島ではホテルの仕事をしました。

旅館とはまた違う宿泊施設で働きたかったからです。

私は宴会部門というところに配属になり、食事会、地元の大宴会、大きな披露宴などを担当しました。

色んな経験ができて楽しかったですが、仕事内容は大変なことばかりでした。

勤務時間も、出勤時間もいつも違いました。

「いつまで残業なんだろね」なんてみんなで言っていました。

この頃から、誰かに縛られた時間で仕事をするということがきつくなってきました。

何で、人に決められないといけないんだろうと、とても疑問に思っていました。

(自分で決めたお仕事だからなのですが。笑)

『縛られたくない』

その想いが強く、縛られないことは出来るのかと考えました。

その頃高校2年から続けていたツイッターのアカウントで、『はあちゅう』さん(@ha_chu)を見かけました。

『これからは個人の時代。会社や他人に縛られる時代では無い。』と力説するツイートを沢山見かけました。

『まずは自分自身を発信すること』が大事だと、はあちゅうさんから学びました。

その頃からツイッターの視野を広げました。はあちゅうさんの本を読みました。

この本が無かったら今の私はいません

自分自身を発信することが大事だと知り、ツイッター以外にも『アメブロ』をはじめました。

良かったらのぞいてみてね
私のアメブロ時代のブログです。

元々自分の想いを書くことは好きだったので、アメブロは沢山書きました。

見てくれる方が居てくれた事がとても嬉しかったです。

仕事では大変な業務に疲弊してしまい、仕事を辞める寸前までいきました。『縛られない』ことで自分を幸せにしたい想いが、そこから生まれました。

石垣島の任期満了となった3月、自分のことを幸せにしようと決めて石垣島をでました。

すぎみな
自分を自分で幸せにできないと、幸せにしたい人も幸せにできないんだ

直感で動いた平成最後の春夏

石垣島を出てから、とにかく直感で動こうと、自分を動かしてきました。『直感で動く時期を自分で作るべき』とはあちゅうさんが教えて下さったからです。

東京で会いたい人に会いに行きました。

興味のあるものには飛び込んでみました。

うまくいかないこともありました。

ワードプレスのブログを作りました。

占いを勉強してみました。

ツイッターで発信してみました。

そんななか、本当に直感で行きたいと思った場所があります。

こちらの講座です。

ツイッターで知ったユキガオさん(@yukigao_22)に会いたかったので、参加しました。

その時の感想はこちらです。(半年後投稿)

『「好きなことで生きていく」の第一歩をマジで踏み出してみる講座』に参加した半年後の私の想い

2018.12.11

『好きなことを仕事にしたい』その想いが強くなり、自分の好きな写真を発信してみたり、自分の興味ある占いをより深めて勉強してみたり、色んなことに手を出してみました。

『直感』という言葉に引き寄せられ、その後には、波照間島(沖縄の離島)で二週間の民宿のヘルパーに行きました。

石垣島に居た頃、波照間島へ遊びに行ったときに泊まった宿の方が勧めてくださいました。

その時の写真です。お気に入りです。

波照間島から戻ったあとには、親元にいたくなかったので東京でシェアハウスを始めました。

親には大大大反対されましたが、東京で生活していろんな人に会いに行きたかったからその想いを持って進みました。

すぎみな
馬鹿なほどに直感で動きすぎたね

支え合いを学んだ百均のお仕事

東京では百均の仕事をしました。この仕事を決めた理由も『百均に行くのが好きだから』という直感です。

職場の方が良い人ばかりで、いつも笑顔の職場でした。

正直に言って、仕事はしんどい時もありましたが、それでも一緒に働く方が頑張っているから、私も頑張れました。

そうやって支え合って頑張っている職場の方だから、笑顔でいて欲しい気持ちが強いです。

もっとみんなが笑顔で回るような仕組みはないかな?と日々考えています。

支え合いを学んだからこそ、『もっとみんなが支え合っていけるような世界にならないのかな』、と思うのです。

すぎみな
もっと
明るく楽しい世界を見てみたい

『田舎フリーランス養成講座』へ

私は、3月11日からの『田舎フリーランス養成講座』に参加してきます。通称『いなフリ』です。

『いなフリ』について簡単にご説明させて頂くと、「独立するために必要なスキルを身に付ける」という目的で、一カ月間田舎でwebスキルを学ぶプログラムです。

半年前、「好きなことで生きていく」第一歩をマジで踏み出してみる講座に参加した時からずっと気になっていました。

「いなフリ」の参加者の方や講師の方のツイートやブログ記事を拝見するたびに、参加したい気持ちが募っていました。

でも一度、『いなフリ』に参加しないまま就職する道を進もうとしました。

でも、その就職がうまく進まず、道が塞がれたと思った瞬間に、この『いなフリ』がまた舞い込んできました。

『好きなことを仕事に』

『自分の可能性を広げる』

『会社に属さずに働く』

そのすべてをやってみたいと思いました。

親だって、会社に縛られずに海外の行きたいところに行けるような人生を選んでほしい。

友だちだって、会社に行きたくない時には行かなくてもいいような人生を選んでほしい。

職場の方だって、体調が悪い時には休めるような人生を選んでほしい。

だから、『縛られない』仕事を選べるということを私が伝えたいです。

もちろん、仕事だから全てが縛られない、というわけではないと思います。

やりたい仕事ややれる仕事、そのためにやるべき事。

『縛られない』ことを目指しても、『縛られてる』ことは出て来る。

それでも出来る限り、自分の人生は縛られずに生きていきたい。

私だけの『縛られたくない』という気持ちではないと思うから。

だからまずは私が、『縛られていない私』として発信をして行きたい。

好きなことで生きていく

個人の力で稼いでいく

会社に縛られずに働いていく

その事を自分で掴みに行きたい。

そのために3月11日からの『田舎フリーランス養成講座』に行くことを決めました。

すぎみな
後悔のない1カ月にするために全力でがんばる。

 

これからの私

正直、これからの私は、自分でも分かりません。

でも、

今までお世話になってきた方に笑顔でまた会いたい。

出会ってくれた方が幸せな気持ちで毎日過ごして欲しい。

一度きりの人生、しっかり楽しみ尽くしたい。

いつ死ぬか分からないなかで、大切にしたい人と大切な時間を過ごしたい。

今まで迷惑をかけた分、恩返しをしたい。

その想いは変わりません。

その想いを叶えるために、どんな形にすれば良いのか、考え中です。

……………

⬇︎いなフリ終わり追記

……………

『田舎フリーランス養成講座』後の私

田舎フリーランス養成講座(以後いなフリ)では、本当に沢山の学びを得ることが出来ました。

本当に、行って良かったです。ありがとうございました。

手相をサービスとして出品できるということ、クラウドソーシングは私にも出来るということ、応援してくれるひとが居ることで強くなれるということ、手相は当たっているということ、いなフリに集まる人は良い人しかいないということ。

いなフリが終わってからも学んだことを生かして続けていこうと進みました。

【いなフリ卒業生が語る】最高の1ヶ月を駆け抜けたあとに考えてほしいこと

2019.04.27

いなフリが終わったあとは、ご縁があって一年前にお世話になったゲストハウスで短期の住み込みヘルパーをしました。

すぎみな
いなフリの同期が凄く背中を押してくれたこと、めっちゃ嬉しかったし支えになった。

長野県下諏訪のゲストハウスで住み込みヘルパー

こちらのゲストハウスは、本当に素敵です。

1年前にゲストとして行った時、スタッフさんやゲストの方の優しさにとても驚き、「ここは世界が違う」と、その時はゲストハウスの世界に思うように溶け込めませんでした。

今年ヘルパーとして1ヶ月間居させて頂いて、本当に貴重な経験をさせて頂きました。

本当に、貴重な日々でした。ありがとうございました。

ゲストハウスが作り出す世界観が、やっと私の目にも自然と入るようになりました。

「世界観」とか言うと変な誤解を招きそうなのですが、みなさんとにかく優しくて自立していて、本当に素敵なゲストハウスなのです。本当に。行ってほしい。

『マスヤゲストハウス』という場所です。

すぎみな
ぜひ来てね~!

長野県上高地で4回目のリゾートバイト

現在は長野県上高地という場所で4回目のリゾートバイトをしています。

とても景色の綺麗な場所です

まさかリゾートバイトをまたやるなんて思っていなかったけど、私の中では自然な流れでここに来ました。不思議ですね。

今までの色んな経験がやっと少し形になって、自分の外に出せるようになったかなって思いながらお仕事しています。

大学2年の休学中に思った、「おもてなしを仕事にしたい」ということを改めてここでも思って、やっぱり私はこういう接客をしていきたい気持ちが強くなりました。

山奥で娯楽も多くないので、占いや英語、色々勉強しながら日々がんばろうと進んでいます。

すぎみな
毎日を大切に過ごすことが目標!!

夢のひとつは『手相傾向人になること』

いなフリ後は、正直先のことが分かりませんでした。「こうしていきたい」というものはあったけど、真っ白な未来に願いを埋め込めたので、思うように進まないということが見えました。

でもその後の歩みで、下諏訪のゲストハウスでの日々や、再びの長野でのリゾートバイト、傾聴会など、過去の出会い、沢山の関わりのなかで、「こうしていきたい」というものが前よりはっきりした形で見えてきました。

「夢」が見えてきました。

その「夢」のひとつに『手相傾聴人』があります。

 

私は、私自身が手相を知って救われたように、その経験を伝えたい。

占いで結果を伝えるだけじゃなくて、あなたの話を聞いていっしょに考えたい。

どうしたら笑顔になれるのか、少しずつでいいから、笑顔になってほしい。

聞くだけじゃ何か信憑性が無いから、手相や占いをもとに根拠付けをしたい。

「これがあるから大丈夫」というものを教えて、あなたを勇気づけたい。

 

少しずつですが、この「夢」を叶えていきます。

すぎみな
少しづつ叶えていこう^^

生かされている、一度きりの人生です

生きていれば色んなことに出会いますね。

こんなこと疑問に思うのは変なのかもしれないけど、「死にたい」思ったことがない人っているのかな。

ある程度の年になれば、大小あっても誰でも一度は「死にたい」と思うんじゃないか。このご時世。

その中でも生きている、生かされている、そんな私たちは生きているだけで素晴らしいのです。
https://twitter.com/sugimina373/status/1131829419352309760?s=20
死ぬかもしれなかった一瞬があったのに今も生きている。

その事が、私は最近すごく幸せだなと思うのです。

きっと、日々生きていることに感謝しながら生きていれば、自分の行う選択に後悔することは無いと思います。

そうやって、私はこれからも大切に人生を過ごして生きたいと思います!!

あなたも、いっしょに、楽しく美しい人生を!!

ここまで読んで下さったあなた、本当にありがとうございました。

すぎみな
さあ、れっつごー!




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