【人生はゲームだ】自己責任という名のおまけつき




おはようございます!昨日海でニモを見てきました、すぎみなです!

さいきん、人生ってゲームみたいなものだよね?と考えることが増えたので、その思考を整理してみようかなと思います。

といっても、わたしはDSとかWiiとか持ってはいたけどそんなにやっていなかったので、ゲームには疎いです。はまったゲームは、おい森(おいでよどうぶつの森)です。あとスーパーペーパーマリオはなんとなく買ってもらいましたが、マリオカートのがやりたかったな。

そんな私が人生をゲームに例えてブログ書けるか?と思いますが、書いてみます。生温かい目でよろしくおねがいいたします。

自信もって、ゲームはこうだ!とは言えないですので、文末のあとには(だよね?)と付け加えてお読みくださいませ。

 

ゲームの主人公だけではなくゲームの製作者にもなれるのが自分の人生

ゲームってだいたい、

ゲームをつくるひとがいて、そのゲームを買って、自分が主人公としてゲームを遊ぶことができますよね。(よね?)

ゲームをつくるひとは、そのゲームの内容や舞台、登場人物などの設定を決めます。どんなあらすじで物語が進んで行くのか決めます。(だよね?)

ゲームをやる主人公は、そのゲームのなかで、「自分は右と左でどっちに進むか」「だれに話しかけるか」「どのブロックを叩くか」など行動を自分で決めます。でも主人公は、そのゲームの舞台や登場人物は自分で決めることが出来ません。(そうだよね?)

 

ですが、わたしたちの人生というゲームは、自分の生きる舞台や登場人物まで、自分で決めることが出来ます。その気持ちがあれば。

世界は果てしなく広いので、自分の生きる舞台なんて死ぬほど存在します。そのなかでどの舞台を選ぶのかは自分で決めることが出来ます。

世界には信じられないくらいのひとで溢れています。そのなかでどんなひとと関わって、どんなひとに影響されたいかは自分で決めることが出来ます。

また、「右と左どっちに進むか」「今日は何食べるか」「今日は誰と過ごすか」などの毎日の行動も自分で決めることができます。

このように、わたしたちの人生は、自分次第で何とでも選んでいくことが出来ると思います。その覚悟があれば

 

自分で選ぶからこそ自己責任

自分の人生をどう生きるか。

どんな舞台で、どんなひとと、どんな毎日を。。。

すべて自分で決めることが出来ます。

でも、自分で決めるからこそ、それを選んだ責任は自分でとるしかありません。

こんな感じで⇩

「木にリンゴがあったから落としてみた。けどその木は隣のおばさんの家の木だった。勝手に落として取ったから怒られた。心底反省して、たくさん謝った。反省したから、これからは自分の家にあるリンゴだけ落として食べる。」

「右に行くか左に行くか迷ったけど、勘で右に行ってみた。だけど本当は左だったから待ち合わせしていた友だちに迷惑をかけてしまった。今度からは道を確認してから進むことにする。友だちには今度の誕生日にすてきなプレゼントを渡そう。」

「校長先生のあたまがすごく面白くて、校長先生のお話し中に我慢できなくて吹いてしまった。まわりのひとが私の笑い声にびっくりして気を失ってしまった。計三人。ほかの友だちに手伝ってもらって一緒に保健室に連れて行った。その三人はそのあとすぐ元気になってすごく笑ってくれた。けど、すごく申し訳ないことをした。私はそんなに引き笑いがうるさいのかな。引き笑いを直すように笑い方の練習しないとな。あと校長先生にもプレゼント渡してあげよう。」

こんな感じです⇧

こんな感じで、自分で選んだ行動に対して何かのミスが起こったとき、その責任を取るのは自分しかいません。そのミスをどう反省して、どんな行動で見直していくのか、そのすべて自分で選んで決めていくしかありません。自分で決めたことだから。

でも、ミスは必ず起こります。だって人間は不完全な生き物だから。

そのミスをどう乗り越えてどうやって自分を成長させていくのか。

「ミスをした事実」よりも「ミスを乗り越える過程」のほうが何千倍も大事です。

ほら、たまごっちみたいじゃないですか?

 

 

わたしの最近のミス

最近わたしがミスしたこと。

このまえ新しくはじめたバイト、三日出勤したあとその後はブッチしました。

そしたらもう、大変でした。ほんとに。

わたしはそのことから、たくさん反省したし、たくさんのことを学ぶことが出来たから、経験できてよかったと思えています。ほんとに反省した。ブッチ二日目は誰一人いない部屋で一人土下座していました。つらかった。。。

自分で責任をとる気持ちでいたのですが、、、ね。。。

察してください。(笑)(笑えない)

 

ひとのことなんて分かりきらないのに、なんで決めつけたがるんじぇしょうね。

このひとは反省してないとか。ほんとに。どうしたらいいんだろう。。。

 

今後の生活にも自己責任は重大だからわたしはやるしかないんだ。

見せつけなきゃならないんだ。

どうか少しでもエールを送っていただきたいです。。。ふう。

 

まあこんな感じです。(どんな感じ)

 

生まれた境遇は変えられない

わたしたちの人生って、製作者にもなれるし、主人公にもなれる。

でもどんな環境に生まれるかは、選ぶことが出来ません。

わたしこのことがあって、「人生はゲームだ」というテーマで書くのはどうなのかなと思いました。

色んな境遇で生まれてくる子どもがいると思います。

わたしはどんな子に対しても「人生はゲームだからね!自分で選んでいいんだからね!生まれた境遇だって気にしなくていいんだからね!」と軽く言うことはできません。

 

わたしは実際、すごく愛のある家庭に生まれたなと思います。わたしをこういう人に育ててくれたこと、すごく感謝しています。

でも少し。。。うん。。。

まああまり言葉にはしないようにしておきます。はい。

 

でも、生まれた境遇でさえも、気持ち次第では変えていけるのかなと思っています。きっと。それに今の時代は、ふつうの人よりも何か特別なことをもつ人の方が絶対に良いです。

生まれた境遇に言い訳せずに、自分の人生を貫いてほしいなと思います。

応援します!!!!

 

プレゼント

人生はゲームです。

自分の行動は自分で責任をもつ。

甘さもしょっぱさも肉々しさも味わう人生にする。

味気のない人生にはしない。

 

わたしのツイッターの自己紹介の部分ですね。

その部分をどうしていこうか考え中。

 

プレゼント

(子どもちゃんのお母さんが水中カメラ貸してくれた泣)

 

こんなきれいな海に潜りたいひと~~!!!!

ご案内しますよ~~!!!!

泳げなくても大丈夫ですよ~~!!!!

わたしやて泳げんかったけど知らぬ間に泳いでたから~~!!!!

そのくらいきれいです~~!!!!

 

ここまで読んでくださったあなた

本当にありがとうございました!!

 

今日も生きましょう~~!!!!




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です