欅坂46「アンビバレント」の歌詞一部分から愛について考えてみる




 

こんばんは!すぎみなです。

いまは沖縄の果ての島で宿のヘルパーをしています。

センパイヘルパーに習って、音楽ガンガンにかけながらお仕事してます。

今日は、昨日PVが電撃公開された欅坂46の新曲「アンビバレント」をかけまくりました。そちらのPVはこちら⇩

24時間経たないうちに150万回。。。すごい。

アンビバレント歌詞深読み

わたしは歌詞を深読みするのが大好きです。

からおけに行って、好きなうたの歌詞をあらためて見るとめちゃくちゃ感動します。歌詞をただ書き写すのも好きです。歌詞深読みとかいうまとめサイトとかもやってみたいな希望

 

アンビバレントの歌詞で唯一気にかかっている歌詞

ちゃんとしていなくちゃ愛せない

ちゃんとしすぎても愛せない

サビの最後にある歌詞だけど、どゆ意味??

って今日お仕事中にずっと考えていました。

そしてあるときはっとした。

おおそういうことか。

 

「ちゃんとしている」「ちゃんとしていない」の狭間で愛せる

ちゃんとしているのに愛せない

ちゃんとしていないから愛せない

だったら、そのふたつの間で愛せるってことか

⇧初の図解です

じゃあちゃんとしてるかしてないか、その狭間で愛せるというなら、中途半端な愛が正しいということか、、、?

と自問してみたけど、そういうわけでもないだろうと。。。

じゃあどゆこと???

そもそも愛って、ちゃんとしてるかしてないかって重要なんか、、、?

 

、、、お、そういうことか。。。

 

そもそも愛って生命が生きるために必要不可欠なもの

「愛」っていうと、凄く重みのある言葉にきこえるなあと思う。

「わたしはあなたを一生愛し続けます」なんて言葉、軽々しく言えないものだと思う。

 

でも一旦立ち返って、自分が生命としてこの世に生まれたことを考えると(急)

愛って必要不可欠なものなんだって思いません??(無理やり)

 

ほんとは「愛」なんてそこらじゅうにあふれているものなのに、わざわざ重い言葉のように表現される。

それはきっと今まで生きてきたなかでの固定概念があるからだと思う。

わたしは「愛」というと「結婚」というイメージがある。さらに「結婚」というと「離婚はだめなこと」というイメージがある。

そんな固定概念があるからこそ、ちゃんとしてるかしてないかで見られる。

 

でも「愛」ってそういうレベルのものではなくて。常に身の回りにあるものだと思う。

ただ、「愛」というものは尊いものだから、自分の身の回りにある「愛」は大切にしないといけない。

そのあたりの捉え方が曲がってしまったから、「愛」というものに対して変に重く捉える世の中になったのかなあと思う。

 

「愛」は深く考え込むものではない

「愛は書くものじゃないよ、愛は感じればいいんだ」というプーさんの名言があります。(突然のくまのプーさん)

その通りですよね。愛は感じるだけでいいんです。

そのなかで「この先も愛することが出来るのか」とか、頭で考えるものについては分かりっこないと思います。

 

なぜなら、ひとは心でひとを愛するものだから

 

「愛」という漢字には、真ん中に「心」という漢字があります。

もし昔のひとが「愛」を頭で考えるようにと、次世代のひとに伝えたかったなら、この漢字には「頭」がはいっていたかもしれません。

 

プレゼント

今回「愛」について深く考えてみましたが、深く考えたところで分かりっこない!!です。

考えるくらいなら、ひとと関わって、「これが愛というものか。。。」と実感するほうが断然良いです。

そして

「アンビバレント」の一部分の歌詞の深読みでしたが、本当にここのみの深読みになってしまって、「アンビバレント」全体含めた深読みにはなりませんでした。欅坂46に興味があって読んでいただいた方がいらっしゃったら申し訳ありません。

 

そんなあなたにプレゼント

 

今回の波照間島での二週間滞在で5回ほど巡り合えた海ガメちゃんです!!

かわいかったです!!!!

来年も行くためにがんばるので、どなたか行きたいなって方、ご案内いたしますよ!!!!

 

では、ここまで読んでくださったあなた

本当にありがとうございました。

 

 




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です